クローズアップ2011:東日本大震災 「高台へ」住民合意がカギ 地域ぐるみ移転模索

畠山さんらは左奥に見える山に住宅を移転する計画をしている。一帯は津波被害でがれきが散乱する=宮城県気仙沼市で2011年6月2日、樋岡徹也撮影
畠山さんらは左奥に見える山に住宅を移転する計画をしている。一帯は津波被害でがれきが散乱する=宮城県気仙沼市で2011年6月2日、樋岡徹也撮影

毎日新聞110611】東日本大震災で津波被害を受けた被災地の復興計画で、有力な選択肢の一つとされている高台への集団移転。住民の間でも地域ぐるみの移転を模索する動きが始まっているが、財源確保や住民の合意形成など、課題は山積している。【樋岡徹也】

 宮城県気仙沼市唐桑町舞根(もうね)地区。リアス式海岸の波静かな湾の奥にある集落だが、津波で52世帯のうち44世帯が流され、逃げ遅れた4人が死亡した。漁業作業場や漁船も壊滅的な被害を受けた。現在、29世帯が約200メートル離れた高台への集団移転を希望している。

 住民代表の畠山孝則さん(66)によると、3月末に市から、移転先の宅地造成費などの4分の3を国が補助する「防災集団移転促進事業」のことを聞き、避難所で話し合いを重ねた。4月24日に同事業を利用して移転を目指すことで合意し、菅原茂市長に要望。5月29~30日には、新潟県中越地震で被災した長岡市を自費で視察し、18世帯77人が集団移転した小高地区の住民らから話を聞いた。

 畠山さんは移転を希望する理由について、「津波の危険がある場所にはもう住みたくない。地域のコミュニティーを維持した生活をみんなで送りたい」と話す。

 被災地では、同様の動きが広がっている。気仙沼市都市計画課によると、本吉町小泉地区など、いくつかの地区が関心を示す。また宮城県東松島市では、津波で多くの家屋が損壊した大曲浜など7地区で集団移転の動きがあり、市は約3000世帯が高台や海岸から離れた造成地への移転を希望するとみる。津波で家屋やビニールハウスが流失し、水田や畑の塩害も深刻な同県名取市でも、北釜など4地区で約170世帯が集団移転の意思を表している。

「土地、離れられぬ」反対も

集団移転の事業計画策定にあたっては、住民の意見集約と合意形成が前提となる。しかし、長年暮らした土地を離れたくない住民もいるとみられ、合意形成が難航するケースも予想される。

 93年の北海道南西沖地震の大津波で壊滅的被害を受けた青苗地区の住民が高台に集団移転した北海道奥尻町の場合、当初は青苗地区の全戸(約360戸)を高台へ移転するという案もあった。だが、住み慣れた海沿いを離れたくないという人もいたため、町は同地区を6~11メートルの防潮堤で囲い、津波と同じ6メートルの高さに盛り土をした180区画の宅地などを造成した。高台に造成した二つの団地に移転したのは55戸で、住民の対応は分かれた。

 宮城県は浸水地域に居住地を設けない方針を決め、女川町も沿岸住民の高台移転を打ち出した。だが、「生まれ育ち、漁をしてきた海のそばは離れられない」と漁師らから反対の声が上がっている。

 気仙沼市で移転を計画する畠山さんは「行政の対応が遅ければ、せっかくまとまった住民の気持ちが揺らぎ、転出してしまうかもしれない。早く決断してほしい」と話している。

財源確保に悲鳴 自治体「6%負担も困難」

高台移転は、菅直人首相が4月1日の会見で「山を削って高台に住む所を置き、海岸沿いの水産業、漁港まで通勤」と述べたこともあり、復興計画の柱の一つとされる。宮城県の復興イメージも、居住地を高台に移転し、沿岸の産業エリアに通勤する「高台移転・職住分離」と、幹線道路や鉄道を盛り土構造に変えて堤防の役割を持たせる「多重防御」の二つが柱だ。岩手県も住宅の高台移転などを含めた復興計画を検討している。

 利用が想定されている「防災集団移転促進事業」は、集団移転促進事業特別措置法に基づく制度で、自然災害を受けた移転対象が10戸以上の場合に適用される。移転先の宅地造成や道路整備の事業費などの4分の3を国が補助し、被災した土地を自治体が買い取る場合も補助対象となる。

 同事業で補助対象となる経費は、地域によって違いがあるが、気仙沼市の場合は1平方メートル当たり1万4200円が上限で、総額にも1戸当たり1655万円という上限がある。

 移転にはどれくらいの費用が必要なのか。

 北海道奥尻町の場合、総事業費は同事業の補助も含め、約6億4000万円に達した。だが、ある程度造成済みの場所に団地を造ることができたため、補助対象の範囲内で済ませることができた。さらに、全国から約190億円の義援金が寄せられ、全壊住宅を新築すると1戸当たり最高約1200万円が渡ったこともあり、国土交通省の担当者は「費用を巡る大きな問題は起きなかった」と話す。

 だが、気仙沼市は対応を決めかねている。菅原市長は「平地から平地に移るのと違い、山の造成費などが相当かかるだろう。補助の上限をはるかに超えると見込まれ、今の補助の枠組みでは対応できない」と説明する。

 補助の枠内の事業費も、被害の大きな自治体には負担が大きい。

 国交省幹部は「4分の1の市町村負担分も特別交付税などの地方財政措置が講じられており、実質的には約94%を国が負担する」と話す。だが気仙沼市の担当者は「被災地には小さな漁港が点在し、集落も相当ある。市の負担分が6%だけといっても、移転希望地区が増えれば、現在の財政状況では賄えなくなる」と苦悩する。