岩手県大船渡市・陸前高田市被災地報告(京都府立大学・三橋俊雄)

■ 東日本大震災/岩手県大船渡市・陸前高田市被災地報告
(2011年10月6~8日)
京都府立大学・三橋俊雄、防災科学技術研究所・佐藤隆雄氏、
富士常葉大学・木村周平氏、東北芸工大院生・佐藤太一朗氏
1)10月6日(木)東北新幹線・水沢江刺駅9:47着、芸工 大の佐藤氏と合流、大船渡市「大船渡アーバン」に向かう。

2)13:30~15:30、防災研佐藤氏の取り計らいで第6回大 船渡市災害復興計画策定委員会を傍聴する。 ・ 復興に向けた地区懇談会報告、市こども復興会議報告、復興計画に対するパブリックコメント概要、
各地区の防潮堤と道路カサ上げ整備の場合の津波シミュレーション図が配布された。 ・ 市復興計画に係る土地利用のあり方及び土地利用方針図(案)の説明があった。 ・ しかし、国や県の防潮堤整備方針(高さ)等が決まらないと、道路カサ上げ方針や移住計画が
進まないとのこと。 ・ JR線のカサ上げ等の協力もJR役員から説明あり。 ・ 防潮堤も道路カサ上げも高さを10メートルほどの想定で40-50メートルの敷地幅が必要となり、
用地確保や周辺土地利用に影響が大きい。 ・ 津波抑制効果のために盛り土5、8、10メートルなどが必要となるが、実際には、
人間のスケールとかけ離れない(地域の望ましい風景としても)
2メートル程度のカサ上げ道路を建設して、津波が超えて浸水する地域の住居は高台に
移転してほしいとの市長の意見であった。
3)19:00~21:00、昼間の会議を受け、碁石地区住民(5部落協議会)が市の復興計画について
佐藤隆雄氏に状況説明を依頼した。 ・ 市は基本方針について地元で話し合ってほしいとのこと(住民の意見調整に時間がかかりそう)。 ・ しかし、高台集団移転をするにしても費用をどうするのか、水没したもとの土地はいくらで
買い上げてくれるのか。
移転費用、土地造成費用はどうなるのかなど、切実な質問が出された。 ・ 小規模集団移転が認められるか。移転しても公民館などコミュニティ機能は維持したい。
広場、保育所、商店や海までの道路も十分検討したい。 ・ 昔から残っている「意匠」も残したい。仮設住宅の飲み屋や店舗も造れるはず。 ・ 「失敗しない住まいづくり」をしてほしい(ケアマネージャー)。 ・ 個人で出資してでも半永久的に使える住宅建設ができないか。 ・ むらづくりを検討するために土地の「等高線立体模型」をつくってほしい。 ・ 国定公園に値する景観があるのに防潮堤が高くて海が見えない。防潮堤で津波が見えなかった。
4)水沢江刺まで車で戻り「水沢グリーンホテル」に一泊する。
5)10月7日(金)9:30~16:00、佐藤氏、 木村氏の案内で、4人で大船渡市の被災現場を視察 <視察コース> 1)陸前赤崎地区、2)蛸の浦漁港、3)合足(あったり)漁港(民家が流され草原になっている)
4)綾里(りょうり)漁港(明治29年の三陸地震津波で38.2メートルを記録、
「津波てんでんこ(一人でいいからバラバラに逃げろ)」と言われた地区)
5)小石浜漁港(若者ががんばっている数十戸の地区、地名に因んだ「恋し浜」駅には復興成就の
ホタテ貝の絵馬が多数寄せられた)
6)甫嶺(ほれい)地区、7)泊(とまり)漁港(防潮堤ユニットが引き波で根こそぎ海側に倒壊して
いた。地震による地盤 沈下で港の地盤が沈下し加工場ビルの床や岸壁が海水に浸かったままに
なっている)
8)越喜来(おきらい)漁港(特別養護老人ホーム「さんりくの園」の高齢者50名以上が逃げ遅れて
亡くなられた)
9)吉浜地区(明治29年の津波で当時の町長が県道より山側の高台に移住を命じ、今回も犠牲者は
ゼロであった。
三陸鉄道南リアス線の列車がトンネルを抜け、倒壊した橋の直前で止まり無事だった)
10)門之浜漁港、11)泊里漁港、12)碁石浜漁港(前日碁石地区住民が佐藤氏に相談した地区)
6)陸前高田市の矢作温泉・鈴木旅館に芸工大の佐藤氏と宿泊 ・ 夕食に立ち寄った店はプレハブの仮設店舗。トイレにはランタン(照明具)が必要であった。 ・ 翌朝、トレーラー型移動式レストランの近くでは、気仙沼陸前高田線の線路がちぎれたまま赤さびていた。
7)10月8日(土)8:30~13:00、陸前高田市の被災地を視察 ・ 江戸時代から続く2キロにわたる防潮林の7万本の松の木は今回の津波により1本残して壊滅状態となった。
以前は、住民の憩いの場、デートコーストもなっていたという、まちの暮らしの原風景であった。 ・ 漁船の姿は見えるが、海岸では巨大なコンクリートの防潮堤がバラバラになって倒れたままに放置されている。 ・ 広々とした平地部分は、震災前建設されていた住宅はすべて流され、草野原と化していた。 ・ 専門学校の卒業証書が一枚、倒れた防潮堤の上に残されていた。
8) 住田町の木造仮設住宅を視察 ・ 住田町第三セクターが運営する住田建設が木造仮設住宅を建設した。13戸と約90戸がある。 ・ 利用者の方3名に話を伺うと、4畳半が2つ、それに台所と洗面所・トイレ。 ・ 断熱材は薄いという。 ・ 出入り口が一つしかなく、火事のときに危険で不安だとのこと。窓も小さい。 ・ 90戸が重なるように整列して建てられており、人間がほっとするような空間がないように見受けられた。